TOPPAGE > MUSIC &CULTURE > MINORITY V.I.P
第1回 MINORITY V.I.P ~DELI
まず第1回目は、東京、日本、いや世界中にTOKYO HIP HOP SOUNDを轟かせるNITRO MICROPHONE UNDERGROUND(ニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンド)から、DELI(デリ)をゲストに迎えてはじめてみたいと思います。
スケーターの友達に聴かされたBEASTIE BOYS(ビースティーボーイズ)ですかねえ。
MINORITY-NET(以下M):まずDELIの一番最初に衝撃をうけたヒップホップからお話を始めてもらいたいと思います。

DELI(以下D): 一番最初、自分はスケーターの友達に聴かされたBEASTIE BOYS(ビースティーボーイズ)ですかねえ。RUN DMC(ランDMC)とか、PUBLIC ENEMY(パブリックエネミー)とかのポスターが友達の兄ちゃんの部屋に張ってあったんで、知ってはいたんですけど、自分はまだ小学生とかだったから、あんまりピンときてなくて。だから、最初と言ったらビースティーとかN.W.Aとかですかねえ。とにかく、スケーターの連中は早かったんですよ。

あ、あとレゲエもよく聴いてましたねえ。ペントハウスっていうレーベルのものが好きで、よく聴いてました。レゲエはBUJU BANTON(ブジュバントン)が出て来る辺りまで、よく聴いてましたね。その頃からダンスホールの音が変わって来るんですよね。今っぽくなってきたというか、それで聴かなくなっちゃったんですよ。

その時ヒップホップは?って言うと、NAS(ナズ)とかWU-TANG(ウータンクラン)がいて、そのちょっと前からN.W.Aとか、、、とにかくきてましたからね。N.W.Aを脱退してソロでやってるICE CUBE(アイスキューブ)がPUBLIC ENEMYと曲作ってたりと、とにかく盛り上がってましたね。それに N.W.A.のビデオとか俄然楽しそうだったんですよ。

20歳から22歳まで入ってたわけで、、、って考えてみると、無茶苦茶悔しかったですよね。
M:そして本格的にハマっていったいきさつを教えて下さい

D:その当時つるんでた、下町の本当に厳ついヤンチャな奴らと、N.W.A.にやられてましたね。自分も憧れてASTROとか乗ってましたもん。見た目で完全にやられちゃってるんですよね。俺の周りにいた奴らは、とにかくらってましたよ。言っていることとか、誰も解ってないのに。

でも、N.W.A.がPVの中で、パブリックエネミーの真似してる奴らをぶっ飛ばしたりしているのが最高だったんですよね。当時はそういう感じからじゃないと入れなかったから、刺激的でしたよね。今考えてみれば、コモンみたいのもいればなぁ、みたいな感じもしますけど。日本語ラップは、実はまったく興味なかったんですよ。「エッ日本語?やめてくれよ。」みたいな。

でも、MICHROPHONE PAGER(マイクロフォンページャー)を聴いて変わりましたね。「こんなにかっこよくやってる人達がいるんだ。」「こんなやりかたがあるんだ。」みたいな。年頃だったからかも知れないけど、ページャーを超えるラップには出会ってないですね。

ページャーを知った辺りですよね。旅に出たって言うか、、、ま、懲役に行ったわけなんですけど。音楽なんて聴けないし、服役中にフロント<現ブラスト>を読み始めてみたんですよね。それまでは、雑誌なんて全く読んだことがなかったんだけど、「音楽の雑誌を!」なんて思い始めて。漫画とかだとすぐ飽きちゃうし、なるたけ字の多い本を読みたかったんですよ。本読んでないと喧嘩になるし。雑誌に載っている向こうのラッパーのインタビューとかを読んで、そこで初めて知ったんですよね、「何?エッ?こいつら元売人!?」みたいな事とか。その頃YOU THE ROCK☆(ユウザロック)のアルバムが出てて、あっ日本人でもソロ作っている人がいる!」みたいになって。

その時に書いたノートが4冊ぐらいあって、今でもとっといてあるんですけど。何かあったら使えるかなぁと思ってたんですが、後で読んでみたら、絶対全然ダメですね。まじネガティブすぎて、気持ち悪いんですよ(笑)。使えないですね。内容的なものをいじって、とも思ったんですけど、ダメですねえ。20歳から22歳まで入ってたわけで、、、って考えてみると、無茶苦茶悔しかったですよね。で、出てきてからは、その反動が凄かったですね。

いつのまにか「NITRO」みたいなことになっていったようで。
M:NITROとの出会いや面白いエピソードについて教えて下さい。
D:GORE TEX(ゴアテックス)との出会いは昔から知り合いだったんですよ。彼も下町だったんで。でもラップとかそういうのではなく、ひたすら喧嘩の場面とかですけどね。でもゴアテックスは無茶苦茶おしゃれだったんですよ。アフロで。最初マジで「外人か?」とか思ってましたよ。靴を全色買いするを見たのは、あの人が初めてですもん。それで、いろいろ紹介したりされたりして。

ちょうどその頃、原宿にファットビーツというレコード屋さんがあって、MACKA-CHINマッカチンがそこで働いていたんです。それで、そこにレコード買いに来ていた奴らでレコーデングするから遊びに来なよ、みたいなノリでマッカチンから誘われたんですよ。

その時に録ったのが、LIVE99という曲でしたね。マイクリレーみたいなものを録って、後で知ったんですけど、もともとはリアリティーレコーズの前川君とMACKA-CHINのソロプロジェクトという形ですすめていたのが、いつのまにか「NITRO」みたいなことになっていったようで。

自分はどうやら半分ぐらいで気付きましたね。マッカチンがいろいろつれて来て録っているうちに、そういうことになり始めたらしくて。「どうやら自分が正式メンバーらしい。」というのも、雑誌かなんかで知ったぐらいですからね。この流れは一連のもので。もともとグループを一緒にやろうというのでは全く無かったですね。本当に曖昧に始まったんですよ。自分の周りにはヤッコとかもいたので、ソロも初めてたんですけど。いろいろ勉強させてもらいましたね。 NITROは凄いですよ。結果残しますからね。ホントにNITROのおかげですよ。音楽業界でこんなになれたのは。

SOURCE MAGAZINE(THE SOURCE MAGAZINE/ザソースマガジン)の件は本当に「不幸中の幸い」じゃないんだけど、いろいろなラッパーのインタビューの後に僕らだったんですけど、一同大遅刻!2時間過ぎたあたりで着いたんですけど、それでも俺が一番乗りで、それから1時間たった時点で8割がた揃ったぐらいな感じで。でも、なかなか始めない。最初は、「なんだこの外人たち、感じ悪くない?」みたいな感じだったんですけど。ちょっとしたことがきっかけで急にやりとりが始まって、そうしているうちに上がり始めて来ちゃって。そういう姿勢がなんだか海外のラッパーたちと妙にシンクロしたらしく、後で雑誌見てびっくり!「俺たち無茶苦茶扱いがでっかくね?」みたいな。

『最近の活動について』
D:ファーストアルバムを聴いてみると、パンクですね。現在作成中のNITROのアルバム、今、実はもう5曲ぐらい録れているんですけど、NITROは流れみたいのを大切にしていきたいので、個人的には焦らずと。あと何曲録ってとか、いつっていうのははっきり言えないんですけど。録りだめしてその中から選ぶ、みたいない事もしたいし。でも、自分自身本当に楽しみですよ。何が出て来るかわかるんだけど、わからないみたいな。内容もそうだし。やっぱ今の時代、ちゃんとやってないと無理みたいな。

確かに、昔のその時代の美学みたいなものもあるので何とも言えないけど、やっぱ結果を出していかないと。こうやって続けていくことが大切ですしね。波が来た時に、しっかり乗れる状態にしておかないといけないし。ぶっちゃけ曲はいくらでも作れるんで、タイミングとか、出し方とか、仕掛けですよね。そいうことをしっかりやって、結果を出し続けていかないと、と思ってますね。

--アーティストと一言で言っても、様々なタイプがいます。世界中どこにでもいる不良が音楽によって熱くなれる、そして自分の生きてきた道を次の世代に伝えていく、これをHIPHOPと呼ばずして何をHIPHOPと呼べるでしょう。 まさに生き方、作品すべてにおいてHIPHOPを体現する男DELI。本当にこの音楽を好きな奴は、やられずにはいられない。 「BIG UP TO DELI AND HIS PEEPS !」 3月には「AQUARIUS(アクエリアス)」の新譜が出るので、そちらも必聴です!


ページトップへ

 
Still Burnin'
\2,993(税込)
 
24
\2,906(税込)
 
otakarasagashi
\1,796(税込)
 
口車~キミキミ注意キ...
\1,796(税込)
 
SPECIAL FORCE
\2,940(税込)
 
STRAIGHT FROM T...
\2,850(税込)
 
UPRISING
\1,709(税込)
 
NITRO MICROPHO...
\3,050(税込)
 
オボレタ街
\2,906(税込)

Minoirity Netとはプライバシーポリシー個人情報取扱い運営会社サイトマップ広告出稿についてリンク集
このページに使用されている写真・イラスト・文章の無断転載はご遠慮下さい。