第2回 TOMI-E
自分は、自分が“Bボーイ”であるとは思わない。というか、思えない。ヒップホップを構成する4つの要素の何ができるわけでもないし、ストリートの住人と言い切れるような過去も何もないからだ。それでも“Bボーイ”という生き様を、三十路の大台に乗ってしまった今でも憧れるし、“Bボーイ”の本質に触れてしまった瞬間には本気で震えるほど興奮する。
自分が“Bボーイ”だとは思えないが、それでもやはり10代の、高校2年くらいでヒップホップを知り、それ以来ずっと聴いてるので、何が“Bボーイ”の本質なのかはいい加減わかって来た気が最近している。
とは言え、自分で勝手にわかったわけではなく、それを自分に教えてくれた人間がいてのことである。自分がヒップホップを好きになったのには、キッカケがいくつかある。そのうちの一つはDJ YUTAKA氏とアイスTの『Fine』という雑誌の対談を読んだこと。またもう一つは高校時代の友達が作ってくれたカセットテープがめちゃめちゃカッコ良かったこと。そのテープにはZINGIやライムスターの『エゴトピア』というアルバムの中の曲(フィーチャリングのZEEBRAがヤバ過ぎた)とか、ステージで黒人に囲まれながらマイクを渡さないMACCHOを目撃してしまったことなどが挙げられるだろう。
そうこうしているうちにウータンが登場したり、野茂がドジャースに入団した年、そのチームメイトがTVで「ビッグ・ポッパ」という曲が好きだと言ってるのを聞いて、ビギーを知った。余談だが今でも野茂は大好きだ。ビギーより、ウータンより先に、正直自分には野茂こそが最高の“Bボーイ”かもしれない。こんな風に“ストリート”とはあまり関係なく、ヒップホップを好きになっていった自分に、ライブで“Bボーイ”の真髄を教えてくれたのはグラフィティ・ライターのTOMI-Eさんであろう。
この一人の芸術家は自分の中で、それこそ野茂と同じくらいの次元にいる人間である。
これから書くのは昨年の秋、このサイトの運営者であり、まさにMr.ヒップホップのブルックリン・ヤスさん、また自分の中での最強のフリースタイラー であるMC仁義さん、そしてTOMI-Eさんといった面々(他にもまだまだ強烈なレディースがいましたが)によるタイツアーでの出来事である。
タイのカリスマ・ラッパー、ジョイ・ボーイを巡るパタヤ→バンコクというロードであり、タイの出版社の人間と会えたりして個人的にもいろいろ考えるこ とはあったのだが、ここでは、ただアーティストであるTOMI-Eさんがくれた貴重な時間について書きたいと思う。
それはプロ意識なのか?
本能なのか?
TOMI-Eさんは明らかにその時“缶”を必要としていた。スプレー缶。ヒップホップを構成する要素の中の一つ、グラフィティ(アート)は、このスプレー缶から生まれる。TOMI-Eさんは“それ”を生み出したがっているように見えた。
ACC…ASIAN CAN CONTROLERZ TOMI-Eさんが率いるグラフィティ集団(と、ここでは一応しておく)名前にも“ASIAN”とあるように、TOMI-Eさんは潜在的にアジアを求めていた。ヒップホップの誕生したアメリカでダイレクトにグラフィティを発見したTOMI-Eさんは、ロスアンゼルス暴動の際、拳銃を腰に突っ込み生活をしていたような経験まであり、現在も生活感のある(=ブロークンではない)英語を話し、欧米についての世界観はある程度自分の中に持っていた。だがアジアに関しては、その渇望、知りたいと言う欲求ほどは、まだ理解していないという思いがあったと言えるかも知れない。
それはある種の歯がゆさ言ってもよいだろう。このアジアに対するTOMI-Eさんの関心は、TOMI-Eさんが芸術家として恐らくこれから生涯かけて貫くものになるものだと思う。そんなTOMI-Eさんのインスピレーションの源泉となる光景が、そして瞬間が一度に降りしきる中に身を置いているのだから、いてもたってもいられなかったのだろう。まざまざとみずからの興味の方向が間違っていなかったと確信する中で、缶がない。
バンコクの排気ガスだらけの熱がTOMI-Eさんを悪魔の誘惑のごとく燻っている。描くという行為を裏切れないとTOMI-Eさんは常に思っている。本能で思っているのだ。描きたいという渇望こそが、自分の中でもっとも重要な行為だとTOMI-Eさんは感じている。それゆえ初めての地でありながら、そこがアジアというだけで、TOMI-Eさんには既に“アウェイ感”はなかった。だが、それくらい身近なものを感じながら、自分にとってもっとも必要とする缶がないのである。
TOMI-Eさんは自分で缶を手に入れようと思った。結局、それが一番シンプルだ。グラフィティ・アートが“サブウェイ・アート”と呼ばれ、ニューヨークの縦横を走る地下鉄を彩った頃。その頃の多くのグラフィティのレジェンドと恐らく同じような気持ちで、TOMI-Eさんは缶を探しに街に出た。
ホテルのフロントに電話をかけ、至って礼儀正しくTOMI-Eさんはバイクのチャーターを依頼した。壁なんてどこにでもある。必要なのは目立つスポットだ。タイにはピースはあるが優れたキャラクター作品はないようだ。龍。それだけは描いて帰りたい。
いや、描かなきゃ帰らない。ここからが本当のタイだとでも自分自身に言い聞かせるように、バンコクの熱気の中で、一人決意してTOMI-Eさんはバンコクにある高級ホテルを出て、よく日に灼けたタイ人の運転する小さなバイクの後ろに跨がった。(続)
第3回へ続く・・・
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