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第3章 スタイルの変遷
第3節 ソウルの時代

奴隷解放以後、黒人教会は主にアメリカ主流文化の中心的価値観である、中産階級的価値観を信奉する黒人中産階級のために存在するようになり、奴隷解放以前にキリスト教に取り入れられたアフリカ宗教的な、”黒人的”な要素を排除する傾向にあった。一方、”黒人的”な要素を教会に望む一般の黒人は別の宗派を樹立するか、キリスト教から離反した。その結果、黒人社会は宗教的と世俗的という二極に分裂していった。社会的・政治的活動においても、教会は保守的であり、全米黒人地位向上協会(NAACP)や人種平等会議(CORE)等の世俗的改革団体は急進的、とその質を異にし、その動きはバラバラなものであった。

しかし盛り上がりを見せつつあった公民権運動の最中、マーティン・ルーサー・キング牧師を中心とする活動的な黒人牧師の一群が出現し、宗教的黒人と世俗的黒人との橋渡し的役割をはたし、公民権獲得に向けた政治活動における宗教と世俗の連合を実現したのである。こうした社会の流れを反映し、同じ頃に音楽の世界においても宗教音楽と世俗音楽の融合が起こるのである。

ゴスペル(”福音”という意味)はトーマス・ドーシーという牧師が1920年代に創始した、ブルースの感覚を取り入れた宗教音楽で、もともとは”黒人的”な要素を強く残していた黒人教会で発展したものであったが、あくまで宗教的なものである以上、キリスト教信者からは「悪魔の音楽」と呼ばれたブルースとは長年にわたり訣別して存在していた。

1950年代に黒人音楽市場が再興し、音楽産業が盛んになると、ゴスペルのレコードも発売され、教会の反発を買いながらも人気を得るようになる。やがてレイ・チャールズというゴスペル出身の歌手が1954年にR&Bとゴスペルを融合させたスタイルを確立して大成功をおさめると、多くのゴスペル歌手達が教会以外のクラブや劇場で歌うようになり、ゴスペルの世俗化は一気に進んだ。

こうしてR&Bとゴスペルの融合から生まれた新しい音楽は「ソウル・ミュージック」と呼ばれるようになり、ロックンロールという名前で白人大衆向けに薄められ、普遍的なスタイルとなってしまったR&Bにとって変わる黒人音楽となっていった。ロックの白人R&Bイミテーターが10代の青臭い葛藤をテーマにしたうたばかりを歌っていた一方で、ソウルは若さも大人の成熟もある黒人の生活全般を反映した主題の歌で、広く黒人達の間で支持された。

1950年代から1960年代にかけて、ビルボード誌のR&Bチャート(黒人音楽市場の人気チャート)で1位を獲得した曲のリストを眺めてみると、1956年から58年にかけてのR&B全盛の時代にはロックンロール人気の影響から、エルビス・プレスリーの曲が6回も1位になったり、ポップ・チャート(白人向け市場の人気チャート)にもクロスーオーバーして1位を獲得した黒人音楽が60曲中20曲を数えるなど、白人の聴く音楽と黒人の聴く音楽が共通していた。しかし1960年代に入り、ソウルが黒人の間で人気になると再び白人と黒人の聴く音楽の指向が分離し始める。

ロックンロールが完全に白人の音楽と化し、黒人がそれに背を向けて新しいスタイルを作り出したのである。

このような黒人音楽のスタイルの変遷についてリロイ・ジョーンズは次のように述べている。

「一般的にいえば、いつでも、アフロ・アメリカ音楽の感情的生命力が、やがて通俗音楽の性向によって水割りされ、さらに新しい強力な反作用が起こり、そのようにして反対する二つの力の間に相互関係が続いていくのである。かつての白人賛美歌と黒人霊歌(スピリチュアル)との関係もそうだった。」
(リロイ・ジョーンズ『ブルースの魂』 65年 音楽之友社)

また、ネルソン・ジョージは黒人音楽のスタイルの生と死のサイクルを物語るものとして、アトランティック・レコードの創業者であり社長のアーメット・アーティガンの次のような発言を取り上げている。

「黒人は未来のことをより多く考える傾向を持っている。 黒人ミュージシャンは古いスタイルで演奏する事を嫌う。現在あるいは未来のスタイルで演奏するのが好きなんだ。ニューオリンズに行けば、白人の若者がディキシーランドを演奏しているのに出くわす。それはもうあの街の伝統になっている。 ところがいまどきディキシーランドを演奏する黒人を見つけるのは至難の業だ。老人は別としてね。若い黒人はマイルス・デイヴィスやチャーリー・パーカーをすでに体験済みだからね。彼等はいつも、次は何か、という事を考えているんだ。」
(ネルソン・ジョージ 『リズム&ブルースの死』 ’90年 早川書房)

R&Bがロックンロールとしてアメリカ主流文化に受け入れられると、それとは別の黒人だけのための音楽としてソウルという新しいスタイルが生み出される、というような黒人音楽のスタイルの変遷のダイナミクスは、公民権運動によって黒人の社会的平等が政府によって認められ始めてくると、黒人民族主義が台頭し「分離の上での平等」を叫び始めると言う黒人の政治意識の流れと奇妙なまでに合致する。

R&Bが主流文化に受け入れられるのと、黒人に公民権が与えられるというのは、一見どちらもアメリカ社会における黒人の前進のように感じられるが、黒人社会全般には実質的な利益はほとんどもたらさず、白人の生活に白人向けにソフトに作り変えられたR&Bであるロックンロールをもたらし、黒人らしさを捨てた白人のように振る舞う一部の黒人中産階級を生み出しただけだった。

この結果は黒人がアメリカ主流文化の社会で経済的に成功するには、黒人らしさを捨てるか、あるいは隠すかして主流文化の価値観コードに従わなければならないということを示唆する。意識的か無意識的かはともかく、ソウルと黒人民族主義の出現は黒人らしさを失うことに対する反作用として考えることができるのではないかと思われる。

黒人がアメリカ主流文化の社会に近付くことが可能になればなるほど、主流文化と黒人文化の文化的差異に苦しめられる。自らのアイデンティティをどこに求めるかを二つの異なる文化の間でバランスをとらなければならなくなるのである。すでに中産階級を形成した黒人はアメリカ主流文化を選び、経済的に向上を目指した。一般の黒人は黒人文化の中に生活しながらも主流文化の価値観から影響を受けざる得ない状況で取捨選択に苦悩する。

そのような苦悩は黒人社会に様々な形で現れた。

白人社会への統合を目指す公民権運動の最中にも、黒人の民族的尊厳と経済的自決権を訴えるネイション・オブ・イスラム教団とそのスポークスマンであったマルコム・Xは大都市の下層社会の黒人を中心に支持を得た。また、公民権運動の成果として1964年に公民権法が、1965年に投票権法が制定されたのと同時期にアメリカ各都市の黒人居住区では暴動が起こり、1966年にはブラック・パンサー党が出現してブラック・パワーを提唱するなど、特に公民権法成立後、法の下での平等の獲得のために黒人を一つにまとめていたエネルギーは拡散してしまうようになっていった。

そうした動きは黒人音楽の様々な側面にも影響した。60年代前半のソウル・ミュージックは公民権運動の前向きな人種統合思想の影響を受けて、おおむね楽観的な内容のものが多い。政治意識の高まりの中で歌の中に政治的な主張が込められることもあったが、直接的なプロテストソングなどは無く、非暴力運動のように穏やかな態度のものであった。

それを音楽においても、その経営戦略においても象徴したような存在だったのが、黒人オーナーのベリー・ゴーディーのレコード会社、モータウンであった。

黒人所有の会社であり、黒人アーティストを売り出し、黒人の音楽マーケットを基盤としていたにもかかわらず、アメリカ主流文化での成功を目指したモータウンは黒人の生活を反映する音楽というよりは、より普遍的な、白人にも共通するような若者の恋愛などへの葛藤といった主題の歌を多くリリースし、白人聴衆の獲得に全力を注いだ。そうした努力は成功に結びついたが、その後も人種統合思想に執着するゴーディーはそれまで協力してくれた黒人の仕事仲間を切り捨ててでも、さらなる白人社会への進出を目指した。(後年、モータウンは本社をデトロイトからロスアンゼルスに移転し、多くのセッションミュージシャンや生え抜きアーティスト達とは縁が切れてしまった)

しかし公民権運動の結束力を失い、黒人民族主義が台頭する頃になると、白人にさえその様な努力は黒人としての自尊心に欠けた、体制に媚びた姿勢であると考えられるようになってしまう。公民権運動はヴェトナム戦争と共にアメリカ社会全体に影響を与え、旧来の価値観に疑問を抱いたリベラルな白人達はすでにモータウンのように白人向けに作られた音楽ではなくても、アレサ・フランクリンのような黒人らしさを堂々と打ち出したソウル・ミュージックを受け入れるようになっていたのである。

第4章へ続く・・・

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BEN THE ACE [ヒップホップDJ/プロデューサー]
宮城県出身 早稲田大学第二文学部卒
大学在学中の89年から東京でクラブDJを始め、93年YOU THE ROCK &DJ BEN「TIGHT BUT FAT」でデビュー。卒業後の95年からニューヨークに渡る。翌96年にインディーレーベル SPELLBOUND RECORDを設立、TWIGYとMUROのソロ作品をリリース。99年から日本に戻り、K DUB SHINE、雷家族、キングギドラ、プシンetc.のプロデュ-スやリミックスを手掛け、DJとしてはミックステープを多数リリースしている。

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