第2節 文化の相対性
これまで述べてきたように、黒人文化が存在し、それがアメリカを構成するほかの多種多様な民族のものとは質的に異なる独特の文化であるのは歴史的、社会学的にみて明らかであるが、このことが認識されるようになったのは黒人がアフリカからアメリカに連れてこられて2世紀半近く、奴隷解放から100年以上経った、ごく最近のことである。それは1960年代の黒人解放運動の盛り上がりの中で、アメリカの黒人達自身が社会的・政治的・文化的主体性の確立求めたことでようやく一般に知られるようになったばかりなのだ。
しかし、黒人文化の存在が認識されたからと言って、それが尊重されるべき独立した文化であるとすんなりと認められ、受け入れられた訳ではなかった。アメリカの人種問題、黒人文化の研究者であるロバート・ブラウナーは1970年の黒人のゲットー文化についての論文において「すべての集団は文化を持つ。」という人類学の法則を挙げて、
「一つの民族集団である以上アメリカの黒人もこれに例外ではなく、そのことをすべての社会学者は主張すべきである。」
(ロバート・ブラウナー 『ゲットー文化の諸問題』 J・F・スウェド編『
ブラック・アメリカ
』73年 研究社)
と警告しているのだが、この警告はそれから4半世紀以上過ぎた現在においても必要であると思われる。
アメリカの黒人の習俗、観念、文化が、直接間接の差はあってもすべてアフリカ起源であるとして、奴隷のおもな採取地だった西アフリカとの比較を行い、アフロ・アメリカン・スタディーズの創始者となったメルヴィル・ハースコヴィッツ*(Melville Herskovits ユダヤ人文化人類学者)のような学者は例外であって、過去において多くの社会学者はアフリカ文化の影響は奴隷制によってほとんど消滅したとして黒人には守るべき独自の文化はないという見解をとり続け、それが一般的な考え方となってしまっていた。
黒人や黒人文化について関心を持っている人以外には、この考え方は現在でも根強く残っている。
現に、私が東京で日本語の黒人文化についての資料を集めようとしてもそうした資料があまりに少なく、あったとしても、黒人の文化は主流文化である白人の文化の亜流であるとか、階級的に下層に属するが故の病理的な貧困の文化であるとして扱ったものが多かったことがそれを物語っている。
実際にアメリカでは黒人の大部分は下層階級に属しているし、比較的裕福な黒人中産階級は白人の文化的価値観の追随の熱心である傾向にあるのは事実であるが、そのような表層だけを見て黒人文化を判断するというのは、そこに機能している人種差別的主義の影響を無視してしまっているのである。
黒人文化には貧困という条件でのみ作られたという見方では説明しきれない要素が多く含まれているし、生活を向上させる機会が白人よりも制限されているのは明白な事実である。
さらに、白人文化の亜流であるという見方については、黒人文化が文化的複合体であることを無視した、白人優越主義に基づく、それこそ人種差別主義的な見方にすぎない。
人種差別主義は様々な公民権法が成立し、法律上の社会的公平が達成されたはずの現在においても様々な形でアメリカ社会に存在する。
典型的なのは上記のような文化的差異の無視という形である。
黒人の社会的公平が法的に認められたからといって、彼等の文化や、その文化に従って生活することまで認められたわけではないのである。
異文化間コミュニケーションの研究者であるトマス・カーチマンはその著書『即興の文化』において、「黒人と白人のコミュニケーションが、お互いの文化的差異が無視されているために困難なものになっている」として、黒人の文化的パターン、考え方、価値観を、それぞれの行動パターンや思考パターンを比較することで説明している。
彼は文化的差異が無視されている理由として、「黒人も白人も社会の支配層である白人が標準として打ち立てた言語的・文化的慣習規則に従ってだれもが行動していると思い込んでいること」を挙げ、そのことにより「黒人文化が認知されず、誤解され、黒人が不利益を被っている。」と述べている。
(トマス・カーチマン『
即興の文化
』石川准 訳 94年/新評論)
こうした文化の相対的な価値を認める視点こそ、アメリカにおいて長年に渡る黒人と白人の関係において欠けていたものであり、黒人文化を理解する鍵を握っているのである。
*メルヴィル・ハースコヴィッツによる文化相対主義の定義:
すべての社会が存続するために価値観を生成することを承認し、その価値観が、たとえ自己の価値観と異なっていても、それにしたがって生きる人々に尊いものであることを理解する哲学のこと。1930年代には一般的であった人種によって優劣があるという考え方(後のナチスによるユダヤ人迫害の根拠にもつながる)と対立、文化人類学に論争を巻き起こした。
第1章第3節へ続く・・・
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